「ノー・ディレクション・ホーム」ショック
電車に乗ってiPodを聴きながら、あの映画の様々な場面を思い出している。
昨晩から頭をよぎるのは、1965年ニューポートフォークフェスティバルでのできごと。司会を務めるピーター・ポール&マリーのピーター・ヤーロウが行儀良く興奮しながら、今、一番忙しい男というふうに紹介したあとの場面だ。
ディランがパンクしてる。ポール・バターフィールド・ブルースバンドをバックに速いテンポでノイジーなギターをかき鳴らし、爆音で「Maggie's Farm」を歌うのだ。
フォークギターで歌うポリティカルソングを期待してた観客の頭や心の中を大混乱させ、わずか15分の演奏は終わる。ピーター・ヤーロウはもう大あわて。人があんなにうろたえる場面は滅多に見られない。無理矢理ディランをステージにもどし、ギター1本で1曲歌わせる。それが「It's All Over Now, Baby Blue」
そしてバックステージではディランの師匠の1人ピート・シーガーが斧でケーブルをぶった切ろうとしていたらしい。その話を聞きショックを受けたと語る現代のディラン。
おそらく映画を見ていなかったら、iPodで聴くこの曲は乗りがよくカッコイイバージョンだな、ぐらいだったろう。しかしどうしてもあの場面が思い出されてしまう。するとこの曲の衝撃は何倍にもなる。この衝撃の意味は何だろうか。まだよくわからない。
あの映画を見たあと、タワレコでサントラ盤とパティ・スミスの「Horses」のレガシー・エディションを購入した。ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで歌われる「Gloria」を聴いて、ディランがいなければ、これをこんな風に聴くことは出来なかったろうと思ったりする。
そして「ジョンの魂」がハマる。この映画を見た後ではなぜか。
しばらくはこの状態が続くだろう。今は1967年から74年までにディランが出したオリジナルアルバムに大変興味がある。「ナッシュビル・スカイライン」の捉え方が全く変わってしまった。